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はずれ美容師とは


自宅から自転車を漕いで、5分弱。

以前から、ずっと気になっていた美容室へかかる事にした。

電話とか、実はちょっと苦手なので、大親友のホットペッパービューティーに力を借り、予約を取った。


いつも仲介役になってくれて、本当に助かっているよ。サンキューマイフレンド。


駐輪場に自転車を停め、目的地の前。

…店の名前が読めない。イタリア語か、あるいはスペイン語か。

どちらにせよ、脳みそが毛糸玉で出来ている私には、些か難しかったので、店名は分からなかった。頭文字はどことなくFっぽいのだが。

分からないので、バーバーFと呼ぶ事にした。


バーバーFに入る。


すると、少しくねっとした細身の全身黒男が「射ー精ー!ごょーくのかぁえしょかー??」

と聞いてくる。

なんだこのチリパー…。思わず、ん?と聞き返してしまった。


「ご予約の!方でしょうか!」


なんだ、しゃべれるのか。


「はい、15時30分から予約しているシェリーです」


そしたらチリパー、こくこくっと頷いて「こぉちらぇドゾー!」

どうやら気をぬくと喋れなくなる病らしい。


お馴染みの椅子に座ると、チリパーが無造作に私の髪を鷲掴む。ちょっと痛いが、相手はプロなのだ。我慢する。

そして、片手間に雑誌?をベラララッと捲り「本日はいかがされますぅ?」と間延びした声で尋ねた。

私はその声を待っていた。


美容師と話すことを極力避けるため(緊張するから)、画像を持ってきたのだ。


「こんな感じにお願いします。」


出したのは、ショートボブの、可愛いお姉さんが微笑む画像だ。


チリパーはその画像をみるなり、はんはんはんと相槌を打つ。分かってんだか分かってないんだか、凄く気になるが、相手はプロなのだ。プロに任せておけば、失敗は無いのだ。

チリパーは、私をシャンプー台に案内した。シャンプー台の横には、栗原類ピース又吉を足して2で割って、少し殴ったような顔の、アンニュイ兄貴が立っている。

「リョークンお願いね〜」


チリパーに促されたリョークン(栗原×ピース又吉)はこくりと頷く。

ていうか、リョークン若干寝てません…?目が開いていないでは無いか。

こういう目の人だったごめんなさい、のレベルで細いぞ。


「じゃ、椅子倒しますね」

リョークンがウィインと椅子を倒した。

私も椅子の動きに合わせて、靠れる。

いつも思うのだが、この椅子の動きになかなか合わせられない。毎回、椅子の早さに付いてこれず腹筋が攣る。

今回は幸いにして、攣ることは無かったが、速さにはやっぱり付いてこれなかった。

顔の上にガーゼ状の何かを乗せてもらい、シャンプー開始。

「かゆいところはないですか」



…うーん。痒いところってか。

あんまりしゃかしゃかしてくれないから、程よく頭全部かゆい。

普通、もう少し指の腹を立てて、満遍なくしゃかしゃかしてくれると思うのだが、彼はどっちかっていうと…撫でてる…?うん、撫でてる。撫で洗い。

思ったほど泡もたってないし。

なので大丈夫です、とだけ答えた。

撫で洗いも終わり、不完全燃焼のまま、チリパーが待つカット台へ。

「おきゃりなさーい!」


やたらテンションが高い。

ほくそ笑みながら席に着く。


「じゃー切っていきゃーすねー」


ハサミが、私のロングヘアに入る。

ショキ…っと音を発てて、髪の毛は地に落ちた。

さようなら。惜別を惜しみつつ、私は雑誌に目を通す。

ふむふむ、最近は塩トマトが流行っているのだな。記事に感心しながら、どんどん雑誌の世界に溶けて行く。 

すると背後から、「あ、塩トマトもいぃーすけど、レモンとかもいぃーすよ♪」

この野郎、雑誌のページを覗き込んできたではないか!!しかも手が止まっている。早く切れと急かす。(実際、はははと苦笑し次ページを捲ったら作業再開し始めた)

私が、貯金やら金のページに目を通していると、背後からお決まりの文句が飛び出す。


「きょぉーゎ、お仕事おゃすみっすかぁー?」

「あ、はい、そうです…」

「ふふっいいっすねぇー!オレもたまにゎ休みたいんだけどにぇー」


ふぅ、とため息まじりに返された。

私は少しだけ気を使い、寒くなってきたので体調には気をつけてくださいね、と答えた。

したっけ、鏡越しに見える向こうの表情(かお)が一気に明るみ、はじける笑顔になった。

「おきゃーくさんに、そゆ風にきづかっていちゃーけると、本当うれしっす!ふふふっ」

満面の笑み。時々ちらつく銀歯が気になる。するとチリパー続けて言う。

「休みの日は大体、メダカの水質管理してっから、休めないんすよねぇ」


…ん?!

「メダカの…水質ですか?」

「あぃー、そうなんすよぉ…。メダカってぇースゴォークナイーヴな生き物だから、ほっとくとすぐ死んじゃうんですっ」

チリパーは、ちょっと待っててと言い、席を立つ。かと思えば片手にスマフォを持ち、ある画像を私に見せた。


「これ、うちのめだかデスゥ」

差し出したのは、メダカが数匹写った写真。水草に揺られているのか、多少ブレている。

「ちゅーもくしてほしいのは、ここ!」


片手で画像をアップにする。水草に、とびっ子のような、数の子のような。つぶつぶが無数についてる。

「よぉーやくタマゴがうまれたんすぅよぉーーーーー!!!」


凄く嬉しそうに話す。私も思わず、はぁ、と微笑。


それからしばらくの間、メダカについて熱く語られた。時々止まる手に、怒りを覚えながらじっと耐える。

そして出来上がった髪型は、日本人形のような仕上がりだった。


2度と行かないと決めた。

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